ここは私の本棚から、「稀覯本」と呼ばれるものをご紹介します。 「稀(まれ)に覯(み)る本」、というわけであまり見る機会が少ない本です。 わざわざご紹介する程でもありませんが、素晴らしい本達ですので是非みて頂きたい。 当然そんなに数は持ってないので、手持ちの稀覯本が尽きたら普通の本を紹介していきます(笑)。 ちなみにこの背景は、私の蔵書票です。画面サイズは最大で見て下さい。 書票は普通版画で作成されますが、私のはペン画です。 実寸は80ミリ×80ミリ。(本のサイズに併せて縮小したりしてます。) スキャナで取り込んで拡大してるので細かい線とかつぶれてますが 実際はもう少し繊細で綺麗…(なはず)。 まぁ、素朴な味わいがあっていいかな?(笑) ほぼ実寸に近いのは、四阿屋のどこかにあります。 EX LIBRIS:[ラテン語] 〜の蔵書。という意味です。 |
![]() | 宮武 外骨 癇癪と色気『滑稽新聞』 明治34年1月25日 創刊〜41年10月 173号 月2回発行(5日、20日) 発行所:大阪滑稽新聞社 大阪市西区江戸堀南通4丁目10番邸 (この住所、私の所有しているのを元に書きましたが、調べてみると少し違う住所もありました) 編集発行人:岡田辰次郎 印刷人:山田金二 (両者とも、名前だけの署名編集発行人と、署名印刷人) 実際の編集発行人は、小野村夫(宮武外骨) 227×300ミリ 本文20ページ 表裏カラー+色紙刷計8ページ 総計32ページ 定価:6銭〜7銭(送料:5厘) *署名編集発行人、署名印刷人とは? 万一その新聞雑誌が筆禍をうけたような時、実際の編集発行人、印刷人が拘留されて続刊不能に陥るのを防いだ名義上だけの編集発行人、印刷人のこと。 *左図は、明治40年5月20日発行の「第139号」の表紙 |
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表紙のうたい文句は、 「添加独特の癇癪を経とし色気を緯とす過激にして愛嬌あり 威武に屈せず富貴に淫せずユスリもやらずハッタリもせず」(笑) そうなんです この新聞の発行人、宮武外骨は明治中期〜昭和初期にかけて活躍 反権力を生涯貫いた、ジャーナリストの草分け的人物 新聞史研究家であり、江戸明治期の風俗研究家でもあります 新聞の内容は、腐敗した権力、これにこびるマスコミ、戦争に沸く庶民への風刺 インチキ売薬とその誇大広告、役人、政治家、警察、軍隊、裁判官、検事 大阪府知事、僧侶などの不正を次々と告発したりなんかして 当然、当局から目をつけられ処分を受けます 『滑稽新聞』発刊中(8年間)だけでも、関係者の入獄が5回、罰金刑は16回 最終号は『自殺号』と題されて、最後まで権力への諷刺を止めないのはさすが! *左図は、明治40年7月20日発行の「第143号」の表紙 |
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ちなみに「外骨」、本名です^^; 活動上の通り名かと思ってましたが、18才の時に「亀四郎」から改名した戸籍上の本名 宮武氏は、生涯にわたって40点以上の雑誌を刊行 著書も70点にものぼります さて、この『滑稽新聞』大阪でかなりの人気がありました 最高部数は8万部(当時の『大阪新聞』の発行部数が8万〜10万部でした) 宮武氏の発行した雑誌の中では1番売れたのがこの雑誌(新聞)です *左図は、明治40年7月20日発行の「第143号」の裏表紙 |
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ところで、この表紙や裏表紙の絵、美しいと思いませんか? 明治時代の浮世絵です 実は、絵葉書も発行されていたんです “滑稽新聞定期増刊号”として毎月1回発行されました 「着想奇抜 意匠斬新 印刷鮮明 石版極彩色絵葉書30枚付」 残念ながら私はこれらの絵葉書は持っていません でもかなり美しい絵葉書だったようです(下記アドレスを参考下さい) http://www.wombat.zaq.ne.jp/ben/chinpon2.html この美しい絵葉書は、文化財的、稀少性、など総てに価値が高いそうです 私、もともと浮世絵の色使いとか好きなんですよ^^ だからこの『滑稽新聞』の表紙の美しさに惹かれて購入したんです(笑) *左図は、明治41年3月20日発行の「第159号」の表紙 |
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新聞、というからには記事で勝負! うふふふ。『滑稽新聞』というぐらいですから大衆誌 今見てもなかなか面白いですよ 民俗学(風俗学?)的にはなかなかのものだと思いますが? 「表紙絵をはじめ、挿画などのイラストやタイポグラフィイなど、 その後の雑誌編集に与えた影響は大きいものがあり、現代の視点で見ても新しさがある」 と評される程のものですからね^^ 実物をご覧になりたい方がいらっしゃれば、 是非、somniferum邸まで遊びにいらして下さい (と言っても、私が所有するのはここの載せてる4册だけですが…(笑)) |
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さてさて、度重なる当局の処分にあい、ついには『自殺号』をもって廃刊となる『滑稽新聞』 ん?似てるようですが違います これは『関西滑稽新聞』 発行所も「関西滑稽新聞社」 住所も編集発行人も印刷人も違います でもやっぱり黒幕は、宮武外骨(笑) やっぱりね、度重なる当局のイヤガラセとか酷かったようです で、雑誌の最盛期に『自殺号』を出して、廃刊し、また新たな雑誌を出したんですね すごいバイタリティですよね^^; でも明治や大正、昭和初期の人は、こういった政治活動家は多いんですよね それによる様々な悲劇も数々聞きます 宮武氏のように、生涯貫き通すということは大変なことだったと思います *左図は、大正6年6月1日発行の「第13号」の表紙 |
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*左図は、大正6年6月1日発行の「第13号」の裏表紙 基本的には『滑稽新聞』とかわりません でも、中の色紙刷はなくなり、変わりに黒文字ではなく青文字が4ページ入りました 全体は合計28ページです 裏表紙も全面広告となっています やはり、廃刊〜新刊に移っての経済事情でしょうか? 今回は、記事の内容については全然触れていません でもかなり面白い記事は満載です 風俗的なものが結構あります 同性愛やら女教師についてとか、トンボの交尾とか…^^; 他にも政治批判や皮肉もかな〜りあります 私が笑った広告を下記にあげますが、当時そういうのがあったのかと思ってました でもこれもかなりデフォルメされたものだったようです 「インチキ売薬とその誇大広告」と紹介されたHPを発見しましたから(笑) “サギ香水”とか、かなり笑いましたけどね… (このサギシリーズは、他にもいろいろあるんですよ) 下段に数点載せましたが、まだまだこの『滑稽新聞』の魅力は語りくつせませんよ(笑) |
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