加悦鉄道(その1)

 加悦鉄道は1926(大正15)年、丹後ちりめんの輸送と通学の便を図る目的で国鉄宮津線(現・北近畿タンゴ鉄道)の丹後山田(現・野田川)−加悦間5.7kmで開通しました。'39(昭和14)年には大江山にニッケル鉱山が発見され、その鉱土輸送のために加悦−鉱山間2.6kmが延長された頃が加悦鉄道の最盛期だったようです。昭和20年の終戦とともにニッケル鉱土輸送が停止。戦後はちりめん産業の衰退とモータリゼーションによる旅客の減少が続き、ついに'85(昭和60)年4月30日限りで廃止となりました。
 私がこの鉄道に乗ったのは廃止間近の'85(昭和60年)2月17日のことでした。一緒に山陰旅行していた大学の先輩の、加悦鉄道が廃止になるらしいから行っておこう、という一言で訪問することになったのでした。当時のダイヤでは列車7往復に代行バス8往復で、なんと列車よりもバスのほうが運賃が安くなっていました。加悦駅構内には'70(昭和45)年よりSLの広場が営業していましたが、この施設は鉄道廃止後、旧鉱山駅跡に移転したそうです。

1983(昭和58)年7月1日現在のダイヤ(太字:バス、220円)

丹後山田
加   悦
営業キロ
5.7
250円 651
708
745
802
900
917
936
953
1013
1030
1057
1114
1133
1150
この間   1316
1340 1624 1655
1718
1735
1851
1908
1940
1957
2117
2134
 
加   悦
丹後山田
営業キロ
5.7
250円 620
637
715
732
757
814
848
905
943
1000
1031
1048
この間   1110
1225 1318 1408
1520
1537
1653
1710
1830
1847
1850
1907
2020
2037
(交通公社時刻表より転記のため途中駅省略)
'85(昭和60)年2月17日、終点の加悦駅にて。
丹後山田(現・野田川)からこの客車改造のディーゼルカー・キハ083に乗って往復しました。種車はオハ62130で、昭和37年北海道は苗穂工場で気動車化された3両のうちの1両が、釧路で使われた後加悦鉄道へ譲受されました。
キハ083車内。座席の背もたれが木というのは当時でさえ珍しい車両でした。
ディーゼルカーとは言っても車内は客車のままです。
加悦駅外観。冬だというのに急に激しい雨と雹が降ってきました。
駅構内にあるSLの広場。たくさんの車両が静態保存されていますが、中でも逸品はこの2号機関車でありましょう。1873(明治6)年イギリス製で、元は官営鉄道の大阪−神戸間で走っていたそうです。
他にも古典的なSLが陳列されていました。
左:4号機関車、1934(昭和9)年製、右:1261号機関車、1923(大正12)年製。
C57とC58。国鉄から加悦町が展示用として借用したそうです。上記のような古典SLを見た後ではこういったSLも平凡に見えてしまいます(笑)。
キハユニ51。1936年芸備鉄道キハユニ18として製造、舟木鉄道を経由して1962(昭和37)年譲受。後ろはキハ101、1936(昭和11)年製。
キハ1018。1956(昭和31)年製。当時の国鉄でも見られなくなっていたキハ10型がこんなところにありました。加悦鉄道でも最後まで活躍したそうです。
DC351。工場側線用として使われていたそうです。

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