特別記事「ある木造名艇とのお別れ」
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| 冬にはめずらしい、ポカポカ陽気に 誘われてハーバーへ行くと、翌日解 体廃船のためハーバーを去る、古い 木造艇の搬出準備が行われていま した。艇名「智美(ちび)」。横山晃設 計・岡本造船建造の名艇です。後の 著名なヨットビルダー林賢之輔氏が、 若き日(1968年頃)、この船の建造や レースに関わったとのこと。「ヨコヤマ 36」の愛称で知られた、日本ヨット界 黎明期を飾る船が、また一つ消えま す。画面左は横浜ボートサービスの 境野さん、右はジュニアヨット教室の 島爺。お2人から当時の話をいろいろ と聞きました。 |
その夜、林氏に写真を添付してメー ルでお知らせしたところ、返事が寄 せられましたので一部抜粋して御紹 介しておきます。「思い出のあるフネ です。……小生は修行中の身で、図 面を持って造船所へ行き、棟梁(故鈴 木正男さん)に散々叱られながら、建 造手順、木組みなど、さまざまな大工 仕事の実際を教えてもらいました。…… 公式レースの初戦は、荒れた鳥羽パー ルレースで結果的には全艇リタイア− (船体放棄1艇)でしたが、艇長は一晩 海上で過ごすことを決め、翌日鳥羽港 へ入港しました。ビルジが入った程度で 問題はなかったのですが、陸上では遭難 騒ぎが起っており、入港と同時に新聞 社の取材を受けました。今と違って無線 も携帯もありませんから、情報伝達の方 法が無かったのです。この実話を元に知 人が本を書きました。…相模湾ポイント レースを走る、『智美』の写真(岡本甫 さん撮影)は、今でも小生の部屋に飾っ てあります。」 |
木造の立派なマストも役目を終え て、今は静かに、ハーバー裏手の 空き地に置かれています。まるで 銘木の寄せ木に、透明の樹脂を厚 く塗り重ねた、工芸品のような逸品 ですが……。 |
現オーナー(昨年物故)の娘さん達も、 お別れに見えていました。子供のころ、 父上と一緒に乗って、よく舵を握らせ てもらったとのことです。当時を偲ん で、いつまでも去りがたい風情の、彼 女らの姿が印象に残りました。境野さ んのはからいで、船の移動終了後、舵 柄だけはとりはずされ、娘さん達に贈ら れることとなりました。船体の傷みに比 べ、舵だけは、まるで誰かがまだ使っ ているかのように、ニス塗りもしっかり としていたのでした。 |
BGM=雪景色
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